文:松浪健四郎(文部科学副大臣)
体大時代、全日本学生選手権優勝を経て、東ミシガン大学にスカウトされる。その後、NYアスレチッククラブ所属選手となり、全米レスリング優勝。専修大教授から1996年より衆議院議員。
スペースシャトルでの船外活動報告に自民党の宇宙開発特別委員会を訪れた土井隆雄宇宙飛行士と松浪文科副大臣
眼前に太平洋が広がる。ちっとも美しい海ではないが、力強い波が横に伸びる大きな砂浜に押し寄せてくる。海が湾ではなくて、外海であることがわかる。砂浜から一歩下がるとヤシの木の群れが強風に負けない自信をもって空を刺す。エキゾチックである。アメリカの大きさを改めて教えられる。 ここはフロリダ州、ケネディ宇宙センターの近くにあるダブルツリー・ホテル。窓から大西洋を眺めることができる。時差ボケがひどく、いまだに日本時間で体が動く。歳を重ねてくると、完全に日本人になってしまうからか、滞在先に溶け込もうとしない。 オークランド空港に着いたのは、成田からワシントンを経由して16時間後。長時間の飛行機はしんどい。気温は31度、人々の服装は完全な夏。私も温度を事前に知らされていたので適応できるとはいえ、仕事柄スーツ着用となっている。服装まで第三者に決められる仕事、自由なんて何もないのは辛い。 夕方6時半からホテルのボールルームで、日本航空宇宙研究開発機構(JAXA)主催のレセプション。ボケた顔をして準備する。受付前には長蛇の列、日本人、外国人が順番を待つ。場内は琴の演奏が響きわたり、雰囲気が純日本的なのが嬉しい。たいていは夫婦連れ、アメリカらしさを肌で感じとる。 ドリンクサービスが始まっていて、私はスプライトを飲む。飲めないアルコール類に手を出したなら、フラフラになってしまう。挨拶をしなければならないのだから、気を引き締めねばならない。土井隆雄宇宙飛行士と談笑していると、野口聡一宇宙飛行士もやってきた。星出飛行士の乗るスペースシャトル「ディスカバリー号」の準備は順調で、天気だけが問題だという。そういえば、空港に着いた際、パラパラと雨だったから気にかかる。 想起したくないけれど、今から5年前、私は海部俊樹元総理のおともでヒューストンを訪れた。先代のジョージ・ブッシュ大統領と会談する目的であった。「イラク攻撃を急がないように進言する」ため、旧友の海部元総理が動いたのである。ワシントンでアミテージ、ラムズフェルド長官等と会ったのち、私たちはヒューストンに着いた。 が、最初の仕事は、スペースシャトル「コロンビア号」の墜落事故で全宇宙飛行士が犠牲になられた2日後だったので、総領事館が用意してくれた大きな花輪をNASAの祭壇にかかげることであった。突然、黒ネクタイに巻きかえた記憶が強く脳裏に宿っている。それでもアメリカ政府は、「宇宙開発計画は続行すると宣言」したことも忘れられない。 残念だが、日本は自力で宇宙開発に乗り出すだけの予算をもつほど余裕がない。ただ、技術力だけは世界のトップレベル、今後もアメリカの協力を得て技術力を磨かねばと思う。 スペースシャトル「ディスカバリー号」は、無事に発射された。私の責任者としての第一の仕事は終わったが、この分野での日本の活躍はこれからである。応援をお願いしたい。
