文:松浪健四郎(文部科学副大臣)
体大時代、全日本学生選手権優勝を経て、東ミシガン大学にスカウトされる。その後、NYアスレチッククラブ所属選手となり、全米レスリング優勝。専修大教授から1996年より衆議院議員。
日本相撲協会の北の湖理事長に文部科学省からの指導事項について説明。
日本の国技・大相撲は苦境に立っている。 新弟子が稽古後に死亡したのだから、無理からぬ話。名門・時津風部屋で起こった出来事。もしかしたなら、逮捕者が出るかもしれない状況下にある。これは悲しい出来事。
相撲部屋は超特殊な世界。入門と同時に親方が親がわりとなり、兄弟子が文字どおり兄となる。封建家族みたいな一面があって、絶対服従だ。で、新弟子は抵抗できず、稽古後に最悪の事態を迎えてしまったのだ。 私は東ミシガン大学とNYアスレティック・クラブ(NYAC)で、レスラーとして修行した体験をもつ。学んだことは、アメリカのスポーツ界には『強制』が存在しないこと。
すべて「自主性」である。コーチや監督は、じっとながめながら指導する。『強制』しないから、自らが進んで練習しないと強くならないシステム。日本のスポーツ界とは天と地ほどの開きがあった。だから、積極性に富み、研究心を保持しないことには強くなれなかった。自分に負けてしまうと、すぐに戦力外通知。これは厳しい現実であった。
格闘技の種類は山ほどあるが、「相撲」だけは特別だと私は思っている。とくに大相撲は特殊であろう。無差別であるがゆえ、それなりの身体をもたねば有利に闘うことができないスポーツだといえる。
だから、関取の身体と幕下以下の力士の身体は、素人が見ても判別できるほど異なる。体重制のある格闘技でないから、立派な身体が求められるのだ。大きな身体、これが関取の代名詞となっているのもうなずけようか。
そのために、食生活も修行の大切な要素。毎日、魚や肉の入った「ちゃんこ鍋」をしこたま食う。ゴハンだって、ドンブリ鉢で何杯も胃へ流す。大きな身体を作るために、だ。
外国人であろうとも、同じ生活を『強制』させられるのは当然である。角界の歴史的な習慣が幅をきかせていて、文字どおりの異文化。で、たえられない日本人の若者が増加し、現在では63名もの外国人が番付を席巻する。
角界が国際化したのではなく、根性ある日本人が減少したにすぎない。やがて大相撲は、外国人だけのものとなる可能性があろうか。
しかし、米大リーグをながめてみると、日本人の活躍が常識化しつつある。この現象は、もっと増大するであろう。それでも、アメリカ人は嘆くことなく拍手を贈る。スポーツ先進国の余裕だと思う。日本人は、どうも国技に固執しすぎる。野球はアメリカの国技なのだ。
