文:松浪健四郎(文部科学副大臣)
体大時代、全日本学生選手権優勝を経て、東ミシガン大学にスカウトされる。その後、NYアスレチッククラブ所属選手となり、全米レスリング優勝。専修大教授から1996年より衆議院議員。
副大臣として、初登庁時、松浪、伊吹大臣、池坊副大臣とともに。
9月12日、12時45分に自民党代議士会が開催される直前、衝撃が走った。「首相が辞意」。どの代議士も信じようとはしなかったが、テレビはテロップで事実を流した。
やがて、大島国会対策委員長がマイクを握り、「残念ですが、総理は辞意を表明した」と伝えた。理由はともかく、狐につままれた感じだった。私にすれば、安倍首相から皇居で『文部科学副大臣を任命する』という辞令を、わずか2週間前に受け取ったばかり。
どの新聞社も夕刊の前に、「号外」を出した。テレビは各社の「号外」配布の様子を映し出す。市民は群がり、「号外」に食い入るように目を通す。日本人は、活字で確認する作業を得て、初めて信用する。
だから、各新聞社は、それほど部数を減らしていない。もちろん、日本独自の宅配システムが発行部数を支えているのも事実ではあるが、日本人は活字好きでもある。その背景には、レベルの高い識字率もあろうか。
ところが、世界で最も影響力のある新聞と謳われているニューヨーク・タイムズ紙は、本社移転を機に、新聞とウェブサイトの編集一体化を進めているという。このことは、読者の活字離れと広告収入の減少を物語る。
広大なアメリカにあっては、影響力のある新聞でも、その発行部数はしれている。だから、メディアの地殻変動が起こりやすく、新聞のネット化が容易に進む。
同様の現象は日本でもみられるが、新聞の部数とは無関係だ。脱ペーパー化しつつあるアメリカの新聞社。サイト閲覧が増加の一途をたどり、やがて新聞がアメリカから消える可能性すら感じさせる状況だといわれる。
国民性のちがいは大きい。アメリカにあっては、新聞を毎日読む割合は35%でしかない。で、日常の情報源として新聞を用いるアメリカ国民は、わずかに36%だという。残り64%の国民はウェブサイト閲覧とテレビにたよる。
日本人の場合、新聞とテレビで80%が情報を得ている。まだまだウェブサイトはメジャーになっていない。ニューヨーク・タイムズ紙の記者は、原稿を書くだけにとどまらず、ブログやビデオを操る状況下にある。もはや、新聞とネットの垣根はなくなっているのだ。
「号外」を広告収入がなくとも発行する日本の新聞社、昔からの伝統が生きている。が、アメリカの新聞社は、部数を低迷させたうえ、広告収入も減少させている。脱ペーパー化は、新聞社を苦しめるだけと私は認識した。
