文:松浪健四郎(文部科学副大臣)
体大時代、全日本学生選手権優勝を経て、東ミシガン大学にスカウトされる。その後、NYアスレチッククラブ所属選手となり、全米レスリング優勝。専修大教授から1996年より衆議院議員。

本会議場で代表質問する松浪健四郎議員。
日本の国技は、相撲よりも野球であるかもしれない。とりわけ、高校野球の人気は異常で、春と夏の「甲子園」大会は風物詩。
ところが、全国高校野球連盟(高野連)は、特待生制度をもつ高校にペナルティーを与え、野球選手にかぎって特待生制度を中止させた。
『日本学生野球憲章』の第13条に違反するというのだ。どのスポーツでも、日本の私立高校は特待生で選手を集める。が、野球選手だけは認められないのである。
世界中で、日本の高校野球と同様の人気を博する高校スポーツは存在しない。日本の特色であろう。で、宣伝効果を狙って、私立高校は全国から選手をスカウトする。野球さえできれば、大学まで特待生で進めるのだ。
私は、万能を平等に評価する一面から、特待生制度を批判するものではない。が、高校スポーツが拝金主義の入口にあるのは残念でならない。アメリカの大学は、スポーツ選手には手厚い奨学金を出している。
日本の私立大のごとく、コソッと特待生制度を設けるのではなく、アメリカはオープン。私の学んだイースタンミシガン大は、私に全額の奨学金を支給してくれた。レスラーとしての力量を認めてくれたからだ。
学生寮での生活費も免除、一銭もかからない学生生活だった。しかし、単位を1科目でも落とすと試合に出場できない厳格なNCAA(全米大学スポーツ連合)ルールが横たわっていた。練習を終えると、大学図書館で家庭教師を大学からつけられた。これにはマイッタ。
文字どおり『文武両道』、日本の大学とは異なり、学問を強制した。そこにアメリカ社会では大学スポーツ選手を尊敬する特徴が見られた。政財官の各界で、スポーツマンが活躍するアメリカ社会、日本も見習うべきだが、日本の大学は単なる勝利至上主義のみ。
それが、「スポーツ馬鹿」とも呼称される人たちを作ってしまう。野球選手の多くは、卒業せずに大学を出る日本。これでは人材育成とはならぬ。卒業せずとも、企業は野球選手だけは受け入れるのだ。宣伝要員のために。
アメリカの大学では、どんなに強い選手でも、単位を落とすと奨学金はアウト、落第すればチームからも追われる。厳しく律する態度は、さすがに学問の府を感じさせた。 それに比して、日本の大学はナマヌルイ。特待生制度のある高校野球の延長線上にあるからかも知れない。「甲子園」組で、プロ選手以外、世に出ないのには理由があるのだ。
