「踊るで、しかし」は、毎月第3木曜日にニューヨークで発行される読者参加型のフリーペーパーです
2001年9月の創刊から10〜40代に絶大な人気を誇るお笑い系フリーペーパーとしてNY在住日本人に認知されています。
ライター陣は政治家、お笑い芸人から構成作家までと幅広く、イラスト入り「NY人間図鑑」はNY日本人社会を反映させていると大人気。
毎月開催するクラブイベント情報も掲載中です。

国会発信コラム

1969年から1年半、NYに滞在した松浪健四郎による激励コラム
matsunami

文:松浪健四郎(文部科学副大臣)
体大時代、全日本学生選手権優勝を経て、東ミシガン大学にスカウトされる。その後、NYアスレチッククラブ所属選手となり、全米レスリング優勝。専修大教授から1996年より衆議院議員。

「工夫と創造」

安倍総理主催観桜会にて、後援会の皆さんと二階先生を囲んで。

 40数年前、日本全国で「ボーリング」ブームが沸き起こった。Gパンやジャズの普及と同時に、アメリカ文化の代表格として「ボーリング」熱が燃え盛った。

 どこへ行っても、郊外や駅前にボーリング場が建ち、老若男女でごった返していた。あの単純なゲーム、意外性もあって、日本人に受容されたようだ。プロボーラーが出現し、TV番組も多数みられた。

 ところが、ブームが去ると、多くのボーリング場はスーパー・マーケットへと転じた。これもアメリカ文化の特徴的な施設、やがて日本国中の商店街の火が消えて行く。

「ボーリング」は、アジア競技大会の正式種目の中に入っており、各大学にはボーリング部がある。で、最近、静かなブームが再来、スポーツ店ではグッズを置く店が増加中だ。

 留学時代の私は、キャンパスのユニオンにボーリング場が設けられていたので、暇をみつけては興じた。おかげで上達し、アベレージも高かった。当時、米国でもボーリング熱は高く、NYCでも人気があった。

 ウォール街をさらに下るとボーリング通りがある。よく調べてみると、この通りこそが「ボーリング」の発祥の地であると識る。しかも、もともとは、オランダのゲームだったという。オランダ移民が伝えたのだ。

 マンハッタンが、ニューアムステルダムと呼称されていた頃、バーボンを飲む労働者たちが、賭博として「ボーリング」を楽しんだ。正確には「ボーリング」ではなく、ピンが9本の「9支柱」と呼ばれるゲームだった。

 ところが、酔った労働者たちはゲームがもとで暴れたり、ケンカが絶えず、ついに禁止令が出された。が、知恵者がいたのである。  9本のピンに1本を加え、現在の「ボーリング」にゲームを改めたのである。おもしろさが倍化され、またたくまに普及したらしい。  オランダのゲームが米国産に転じ、やがてアメリカ文化の代表的なゲームとなったのだ。

 米国で誕生したスポーツには、純粋のものとしてバスケットボールやバレーボールがあるけれど、他国から移入したものに手を加えて、新しいスポーツにしたものも多い。野球もフットボールも、その代表的なものである。

 野球は英国のタウンボール、フットボールはラグビーからの変化。米国人は独自の工夫をして、より過激で、よりおもしろいゲームを完成させた歴史をもつ。

 既成のものに、工夫する知恵を私たちも持ちたいものだ。

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