文:松浪健四郎(文部科学副大臣)
体大時代、全日本学生選手権優勝を経て、東ミシガン大学にスカウトされる。その後、NYアスレチッククラブ所属選手となり、全米レスリング優勝。専修大教授から1996年より衆議院議員。
「六本木ヒルズ」は、ヒルズ族と呼ばれる人たちの巣。
成功した会社や企業人が陣取り、一般の人たちからすれば、高嶺の花。テナントに入っている店々だって高価なものを売る。 入居している若い経営者は、ホリエモンに代表されるIT関係の今太閤。現代社会の象徴でもあろうが、研究したり、努力したりすれば、まだまだ成功する余地があるようだ。
時代が移り動いている。敏感にそれをキャッチできるかどうか、能力と行動力にかかっている。私たちがNYCに滞在していた頃、一攫千金を狙う若者は、“紅花”をモデルにしていた。あのロッキー青木氏の成功だ。
もともと青木氏は、慶応高校でレスリングを学び、慶大時代に渡米した。父親が日本橋で有名なレストランを経営していたので、おそらく、食文化についての知識と好奇心が旺盛だったのであろう。
私も元レスラーなので、青木氏をよく存じ上げているが、この人は人生の冒険家であられる。熱気球をはじめ、様々な冒険をしたことでも有名だが、やはり“紅花”の成功につきると思う。その感性と創造力は評価される。
私たちは、どのくらい時代を読むことができるだろうか。その能力に青木氏は秀でていたと思う。しかも相当な根性の持ち主なのだ。その証拠にアマチュア・レスリングの全米選手権大会でも優勝している。
成功した人のことを悪く言う人たちも多い。多分、それはヒガミであろう。NYCにいた頃、青木氏の評判はよくなかった。いろんなことが語られていた。
が、当時、飛ぶ鳥を撃ち落す勢いだったのは事実。しかも日本のレスリング界発展のために巨額の寄付を行なっていたのも事実だった。また、ひそかに、青木氏に続けとばかり、必死に努力する人たちもいた。NYCの絶好の成功モデルであった。アメリカン・ドリームの旗印となっていたのである。
魅力を表出させるためには、独自の感性と創造力が求められる。あの時代、だれが「鉄板焼」が人気を博すと想像しただろうか。
青木氏のオリジナルである。しかもコックたちにショーアップさせるために、その技術と演技を考え出したのである。まだまだ、NYCにあっては、日本は神秘的な国であったかもしれない。その食文化など知られていなかった。青木氏の挑戦は、みごとに開花したのである。
私は、NYCには様々なヒントが転がっていると思う。その状況は現在も変わらないとも思う。ジャパン・ドリームもあろうが、最近、アメリカン・ドリームの達成者について耳にしない。
二人目、三人目の青木氏は出現したけれど、すべてレスラー経験者、しかも一流選手だった。NYCで成功するには、ねばっこい根性が求められるのだろうか。 同時に、全員ともオリジナルにこだわる特徴をもつ。ちなみに、私のヘアースタイルもオリジナル・・・。
