文:松浪健四郎(文部科学副大臣)
体大時代、全日本学生選手権優勝を経て、東ミシガン大学にスカウトされる。その後、NYアスレチッククラブ所属選手となり、全米レスリング優勝。専修大教授から1996年より衆議院議員。
私が米国留学時の1968年当時、ほとんど日本製の自動車を見かけることはなかった。時にホンダのオートバイ、トヨタのコロナを見つけた際、日本人として、とても嬉しかった。
すでにSONYやNIKON、CANONが君臨していたけれど、自動車が全米を制するようになるとは思いもよらなかった。
昨年、TOYOTAは全米3位の生産数だったと報じられたが、このまま行けば、日本のメーカーは全米を制圧する可能性が高い。
日本国内にあっては、米国製自動車を“アメ車”と呼称する。“アメ車”とは、燃費が悪く、すぐに故障する自動車を意味し、完全な蔑称となっている。すでに自動車王国だった米国の地位は落ちていて、変人の乗る車となってしまった。とくに電気系統の故障が多く、日本車に比して性能が劣るのだ。
日本車の中でも、あのキャデラックよりも高級な車がいくらでもあるにくわえ、ほとんど故障しない。とっくの昔に、日本の技術が米国を凌駕していたといえようか。
私は今、ワーゲンに乗っている。燃費はともかく、故障しない車だ。ドイツ製の自動車が日本人に人気が高いのは、やはり強さ。スピードよりも、デザイン、そして小型であることが大切。日本人はGM車やFORD車に興味を失って久しいが、これは日本研究を怠った帰結であろう。
しかも日本車は、環境と燃費性能で先行している。「京都議定書」に米国がサインしないため、私たち日本議員団は米政府へ陳情した経験がある。当時のホイットマン長官は、「中国やインドの動向を見て・・・」と応えた。私に言わせれば、環境にやさしい自動車を米国が生産する自信がなかったから、「京都議定書」を認めなかったのだ。
ところが、今年の北米国際自動車ショーは、米メーカーの環境対応車の出展が目をひくという。GMとFORDは、電気自動車や燃料電池車などを披露しているというのである。
すべての面において、先行する日本車への挑戦といえる。ハイブリット車が普及し、ほとんどマフラーから煙を出さない日本車。米国の技術が、どこまで日本車に追いつけるのだろうか。
こんな生意気なことが言えるようになったのだから、日本技術の進歩は想像を超える。日本は昭和40年代に米国の繊維産業を崩壊させたが、まもなく自動車産業をも飲み込んでしまう気配すらする。
日本人の器用さは、米国人を寄せつけず、研究熱心な性格は国際競争力を強化している。留学していた頃、私たちは「ジャップ」と蔑称されたけれど、時代は変わった。TOYOTAやHONDAが、まさかGMやFORDと肩を並べるようになるとは想像もしなかった。日本人の誇りでもあろうか。
日本では、“外車”は高嶺の花ではなくなった。国産の高級車に乗ることが難しいのである。この時代の変化を、どのように読めばいいのだろうか。
